企画展「石本正 生きもの讃歌」作品解説

 

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【1】

第1室 空想動物園

 皆さんは、動物や鳥、魚などを見ていて、どのようなことを思い浮べますか?かわいい?きれい?かっこいい?
 石本正は生きものを見ながら、いろんな空想をしていました。ジッと静かに佇む大きな鳥は「まるで何かを考え込む学者のようだ。」とか「ピンク色の顔で長い首がいつもふらふらしているフラミンゴは、お酒に酔っているみたい。」「馬を見ていると、大好きなギリシャ彫刻の馬を思い出すなぁ。」など、ふと心に浮かんでくることを、いつも楽しい気持ちで自由に絵にしていました。
 ここでは、いろんな空想にふけりながら絵を描いていた石本の、楽しく、そして深い思いが込められた作品をご紹介します。

【2】
「ぼっこう」
2010(平成22)年  本画

 石見地方ではカサゴを「ぼっこう」と呼びます。あるとき、ふるさとから送られてきたぼっこう。大きく開くぼっこうの口の中は白く明るくて、灯りのついている部屋のようにも見えました。そんな様子から、彼の心のなかで色んな空想が広がりました。
 「この口の中に入ったら楽しいだろうな」
 「おおきな口の周りを泳ぐ小魚たちも、きっと一緒に楽しく泳いでいるだろう」
 こうして楽しくスケッチをくり返しながら、やがてこの魚は、彼がふるさとを思うときの象徴的な生きもののひとつになっていきました。口を大きく開けるぼっこうには、ふるさとが大きな口を開けて何もかも飲み込み、新しい文化を創って欲しい、そしてたくさんの人が美術館に来ますように、という願いが込められています。

 

 

 

【3】
「かっちょう幻想」
2005(平成17)年  本画


 「かっちょう」は、石見弁で手長エビのことをさします。石本は子どものころ、近くの川で捕まえては、突いたりして遊んでいました。かっちょうは、そうした遊びの中で命の尊さを知るきっかけをくれた生きものでした。
 あるとき、料理屋さんでこのかっちょうが食膳に上ったことがありました。それを見て子どもの頃のことを思い出し、罪滅ぼしのつもりでかっちょうを描きました。描いているうちに、長い手を持つかっちょうは阿修羅像のイメージと重なり、彼の祈りの気持ちがそのまま表れたような姿になりました。
 

 

 

【4】
「ノアの方舟」
2008(平成20)年  本画

 「ノアの方舟」は旧約聖書の物語のひとつで、神のお告げによってノアが作った方舟に、世界のすべての動物のつがいを乗せて大洪水をしのいだというお話です。石本が好きなヨーロッパの昔の絵画の中にこの物語を描いた壁画があり、本作はそのイメージを思い浮べながら描かれました。
 船の上に乗っている二人は、少年時代の友人と石本自身です。昭和のはじめ頃の水泳の授業は海で行われていて、泳げない者には、サメよけの効果があるという赤いふんどしをつけさせたのだそうです。泳げない友人と自分が、これ以上安全な場所はないというノアの方舟に乗っている。周りを泳いでいるのはふるさとの海の魚たちでしょうか。
 ふるさとの思い出と憧れの気持ちとが合わさって描かれた、夢のような作品です。

 

 

 

 

【5】
「鳥」
1956(昭和31)年  本画

 画面の右端からひょっこりと顔をのぞかせた、大きくまんまるな金色の目をした不思議な鳥。どんな種類の鳥を描いたのか具体的には分かっていません。石本の空想から生まれた鳥でしょうか。
 暗い背景に浮かび上るように描かれた姿は、すこし緊張感がはしっているようにも見えてきます。きゅっと振り向いて大きな目で見つめる先に、いったい何があるのでしょうか…。

 

 

 

 

【6】
「白鳥」
1960(昭和35)年  本画

 〈白鳥〉というと、なんとなく純白の羽毛で水の上を優雅に泳ぐ美しい姿を想像してしまいます。でもこの作品に描かれた白鳥は、そのようなイメージとはすこし違った姿です。頭のてっぺんから尾羽の先まで、焦げ茶色の絵具で細かく表現された羽根の表現は少しグロテスクにも見え、金色の瞳でこちらをにらんでいるような険しい表情をしています。
 どんな生きものも土から生まれて土に還っていく。彼はこの作品で、そのような無常観を白鳥の姿で表現しようとしました。

 

 

 

 

【7】
「烏骨鶏」
1960(昭和35)年頃  本画


 この作品を描いたころ、描く対象を求めて近くの動物園によく出かけていました。動物園には、珍しくてカラフルな色んな種類の鳥がいました。しかし「美しいな」と思って眺めてはみるものの、「描きたい」という気持ちになる鳥との出会いがなかなかありませんでした。
 あるとき、写真を見て興味を持った烏骨鶏を、近くの小学校の児童たちが飼育していることを知ってさっそくスケッチに出かけました。烏骨鶏のオスの顔は赤く、メスは青色をしていて、絹糸のような純白の羽毛との色の対比がとても美しいと感じたそうです。まるで工芸品が動いているようだとも思えました。その感動の気持ちが、とても素直にあらわれた作品です。

 

 

 

 

【8】
「副官鳥」
1963(昭和38)年  本画


<石本正のことば>
「……この絵で僕は大学の先生や学者なんかがじっと考えてる格好を描きたかったんですわ。学者というより、人間が思案している所かな。マントかなんか着てじっと思案してるんですわ。これは実際に写生したような気がします。副官鳥という鳥は、確か南の方にいる鳥です。絵の横に水芭蕉を描いてますけど、副官鳥がいるところにこんな水芭蕉があるなんてありえませんわな。水芭蕉は信州で見つけたものです。でも、空想だから、平気で寒い所と暑い所をくっつけちゃったんです。変ですけど、そんなことおかまいなしです、ぼくの場合は。……」
石本正「青春時代を語る」2001(平成14)年
三隅町立石正美術館

 

 

 

 

【9】
「ふらみんご」
1960(昭和35)年  本画


 黒い10羽のフラミンゴ。くねくねと絡み合うような長い首がとてもリズミカルに描かれ、まるで絵の中で動いているようにも見えます。
 …あれっ。フラミンゴって黒かった?いえいえ、本物のフラミンゴの羽根はピンク色をしています。
 石本はフラミンゴを見て、「顔がピンクでいつも酔ったようにフラフラとしていながら、どこか神秘的な感じのする鳥」と思ったそうです。全体を渋いモノトーン調でまとめ、あえて目の周りだけを赤く印象的に見せることで、まるでお酒に酔っているようにも感じた不思議なフラミンゴの様子を表現しようとしたのかもしれません。

 

 

 

 
【10】
<ヨーロッパ美術へのあこがれ>
 石本正は、イタリアやフランスをはじめとするヨーロッパ中世時代の絵画や彫刻に、若い頃からずっと憧れていました。それらの作品を見て、けっしてキレイで写実的に描かれたり創られているわけではないけれど、「上手い」とか「下手」といった技術的なことを超えた、なにかとても深く心に響くものがある。と感じていたのでした。
 彼の作品には、そういった〈心に響く中世ヨーロッパ美術〉に憧れて、そのイメージを重ねて描いたものがたくさんあります。

 

 

【11】
「女」
1955(昭和30)年  本画

 この絵の主役は、太い輪郭線で力強く大きく描かれている二人の女性ですが、今回は2頭の犬に着目してみましょう。真ん中の女性に抱かれた耳の垂れた小さな犬と、足元でじゃれつく犬。どちらも石や青銅でつくられた彫刻のような、不思議な緑色をしています。
 この作品は、イタリアにある《死の勝利》(1355年頃)という壁画を画集で見て影響を受け、その一部を参考にしながら描いたものです。《死の勝利》の中には群衆にまぎれて白い犬が数匹描かれていて、その犬の姿と、日本の狛犬のイメージをミックスしたのがこの2頭の姿なのだそうです。緑色をしているのは、雨の日も風の日もじっと神社を守り続ける日本の狛犬の、苔むした姿がイメージとして表れているからなのでしょうか。

 

 

 

 

【12】
「馬」
1949(昭和24)年  本画

 とても生き生きと力強く描かれた馬たち。家の近くにあった競馬場に、仕事の合間の時間をみつけては熱心に通って描いたスケッチです。本物の馬を目の前にしながら、彼の心の中に浮かんでいたのは、本で見た古代ギリシア時代につくられたパルテノン神殿の騎馬隊のレリーフでした。左にむかって一列に進む騎馬隊の行列が彫りだされたレリーフ。とくに前足をあげて前進する馬たちの姿は威風堂々としていて美しく、勢いよく駆ける蹄の轟音まで聞こえてきそうにも見えます。
 このスケッチをした29歳の頃は、戦後まもない不安定な時代でもあり、若い彼はまだ本物を見るために海外へ行くことができませんでした。本の中の遠い異国のレリーフの馬たちが、目の前で動き出したかのような様子を心に思い浮かべながら描いていたのかもしれません。

 

 

 

 
【13】

第2室 生きものスケッチ館

 「絵の描き方は、対象が教えてくれる」
 このように話していた石本にとって、スケッチは目の前の対象と心の中で対話をすることができる、なにより楽しいひとときでした。そうやって若い頃から晩年まで描きつづけたスケッチの数は、石正美術館にあるものだけでも約12,000点にものぼります。
 ここでは、その膨大な枚数の中から、生命力あふれる姿で描かれた生きものをピックアップしてご紹介します。石本の楽しい気持ちにあふれたスケッチを、ゆっくりとご覧ください。
 

 

 
【14】

第3室 寄り添う生命の物語

 仲間やつがいで一緒に行動したり、鳴き交わしたり、ぴったりと寄り添って眠ったり…。動物をみていると、いつでも自分以外の他者の存在を意識しながら暮らしている様子が見えてきます。
 石本の作品の中の生きものたちも、その多くが家族の絆や夫婦の愛情をテーマとして描かれています。それはまるで生きものの姿を借りながら、人間の営みをそのまま写し取っているかのようです。そんな作品を通して、寄り添う生命を温かく見つめる画家の姿を感じていただけたらと思います。
 

 

 

【15】
「梟」
1960~1970年代  

 銅板に七宝焼のような技法で梟の姿が描かれています。この作品をとても気に入っていたようで、ずっと長い間アトリエの壁に飾って大切にしていました。絵を描く石本を長年静かに見守ってきた、守り神のような存在だったのかもしれません。

※普段は館内の「石本正のアトリエ」で展示しています。

 

 

 

 
【16】
「根瀝」(こんれき)
1958(昭和33)年  本画

 京都市動物園にいた梟をモデルに描かれています。しかし、この作品を描くにあたって敢えて写生はせず、とにかく観察することに徹しました。見た感じをつかみ、梟たちの心を表現することが大事だという思いからでした。
 じっくりと観察し、彼の心に焼き付いた生き生きとした3羽の梟。一番下はお父さん、真ん中はお母さん、一番上は子ども。木の家の中で肩を寄せ合うようにして暮らしている、家族の愛情をあらわそうとした作品です。

 

 

 

 
【17】
「樹上熙々」(じゅじょうきき)
1958(昭和33)年  本画


石本が梟を見るために夕方に動物園へ行くと、飼育員が水浴びをさせていたことがありました。水がかかると梟たちは飛び上がって上の金網に移動します。このとき、太い足の指を大きくひろげて、金網にガッとつかまる姿がとても印象的に心に残ったのだそうです。
 題名の「煕々」というのは、喜びや楽しむ様子をあらわす言葉です。作品の中の梟たちは、太い脚で木の枝をつかんでぶら下がっていたり、なにかを語り合うように身を寄せていたり、鋭い目でどこかをにらんでいたり…。まるで樹上で繰り広げられる、彼らの楽しく賑やかな日常を切り取ったかのよう。色んな姿を見せてくれる梟たちを、目を輝かせながら楽しく観察する石本の姿まで見えてきそうですね。

 

 

 

 
【18】
「鳥」
1957(昭和32)年  本画


 S字型の樹木で画面を区切り、上の方は昼、下の方は夜、と違う時間が描き分けられています。
 昼間はくちばしの長い3羽の鳥の親子が枝の上でのんびりと過ごし、夜は梟の夫婦が樹の中で羽根を休めている。1本の樹木を舞台に、昼と夜とで暮らし方の違う鳥たちがそれぞれおだやかに過ごしている様子を、ひとつの画面の中で表現した作品です。
 

 

 

 

【19】
「コンドル出合い」
2012(平成24)年  本画


 90歳を超えても、スケッチのために時々動物園に出かけていた石本正。しばらくの間、コンドルに夢中になっていた時期がありました。いつも高いところに留まっているコンドルが、3時の餌の時間になると地面に降りてきて歩いたりするのだそうです。その時の足の形が面白くて、それが見たくて通っていたのでした。
 この頃、コンドルの連作が続きました。必ずつがいで描かれ、オスとメスの出合いから愛を育んでいくようすが物語のように進んでいきます。
 

 

 

 

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

【企画展示室】「第11回 石州和紙に描いた日本画展」の作品解説は展覧会図録をご覧ください