◎解説を見たい作品番号をクリックしてください。
      

   5~13   14

15   16   17

20   21   23

13   14   15

16   17   20

21   23   24

25   26   27

28   29   30

31   32   33

35   36   38

39   40   41

43   44   45

46   47   48

50   51   52

53   54   55

56   57   58

59   60   62

 

 

 

 

 

1 「柘榴」
2007(平成19)年 本画

柘榴

湖面に大きな柘榴が浮かぶ不思議な光景。
「最初は魚を描いていたが、いつの間にか柘榴になってしまった」と、少年のような空想の赴くまま自由な気持ちで描かれました。
舞台となっているのは、石本がふるさと石見の象徴として多く描いた「蟠竜湖(ばんりゅうこ)」。
背景には、実際の湖からは望むことのできない日本海が夕日色に輝いています。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

 

 

 

 

 

2 「蟠竜湖(ばんりゅうこ)三姉妹」
2007(平成19)年 本画

幡竜湖三姉妹

故郷に美術館ができてから、島根県西部(石見地方)をテーマにした作品が数多く誕生しました。
なかでも、幼少期に遊んだ益田市の蟠竜湖を舞台にしたのが「幡龍湖(ばんりゅうこ)シリーズ」です。
蟠竜湖は「竜が蟠(わだかま)っている」ように蛇行した湖岸線が特徴の湖。
そこで石本は「自分が生きている間は、自分が守り手となって、ふるさとの湖を魔物(竜)から守りたい。(自分が空想する)平和な湖の中では、幼少期に共に遊んだ小魚や人魚が泳いでいる」と想像して絵を描き、題名をつける時にあえて「蟠(とぐろを巻くの意)」を「幡(仏具の一種)」にしました。
没後、彼の遺志により題名の「幡」の字は元に戻されましたが、彼の空想した湖の中では、今も小魚や人魚たちがおだやかに泳いでいます。

banryuko2

 
▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

 

3 「柘榴」
2007(平成19)年  本画

柘榴

湖の上の大きな柘榴から、夕焼け空に向かって小さな実が昇っていく幻想的な光景。
古くから柘榴は“豊穣”や“子孫繁栄”を願う吉木とされてきました。
ふるさとの未来を思う画家の気持ちが感じられるようです。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

 

4 「帰港」
制作年不詳  本画

帰港(未完)

写真で見たロマネスク時代の壁画《ノアの箱舟》への憧れと、旧制浜田中学校時代の思い出から生まれたこの作品。
船上の二人は友人と画家本人。当時、海で水泳の授業を行うとき、泳げない者はサメよけの効果があるという赤いフンドシをつけさせられました。

「泳げない二人がノアの箱舟に乗っている。これほど安全な場所は無い」 石本 正

ノア

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

 

5~13 <ぼっこうに託した夢>

展示風景

美術館開館の半年前、三隅から送られてきた“ぼっこう”(かさご)を描いた石本。
口を大きく開けたぼっこうのように、「ふるさとが何もかも飲み込み、新しい文化を創って欲しい」「絵を描く人にも、色んなものを飲み込み、常に新しいものを創って欲しい」という彼の願いが込められています。
描くときは口を爪楊枝で支えるようにして開き、日にちが経ってぼっこうが傷んできても気にならないほど夢中で描きました。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ

 

 

 

 

 

14 「梟」(個人蔵)
1959(昭和32)年   本画

梟

ユーモラスな表情としぐさが印象的な二羽のフクロウ。これまで鳥の作品を数多く描いた石本ですが、中でもフクロウには、家族や人間のイメージを投影したような作品がよく見られます。
また、自身が制作した七宝焼きのフクロウを、長年アトリエの壁に守り神のように飾っていたことからも、画家にとって特別な存在だったのかもしれません。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

15 「副官鳥」
1963(昭和38)年  本画

帰港(未完)

南方に生息する「副官鳥」。その鳥の姿から、マントを着た学者のような人物がじっと考え事をしているイメージが浮かんだといいます。
背景にあるのは信州・尾瀬の水芭蕉。熱い地域にすむ鳥が寒い湿地に立っているという、現実にはありえない光景でも「自分の空想だからね。変ですけど、そんなことおかまいなしです。ぼくの場合」と語りました。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

16 「紅土の丘」
1958(昭和33)年  本画

紅土の丘

茶褐色の荒涼とした大地にたたずむ一羽のフクロウ。
背景にある波のようなマチエール(絵肌)は、土や地層など不変のものを表し、移ろいゆく命をフクロウの姿で表現しているのだといいます。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

17 「月下美人」
1990(平成2)年  素描

月下美人

刻一刻と姿を変える月下美人をスケッチしたもの。
移り変わる花の命をじっと見つめる画家の背中が思い起こされます。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

20 「星空の月火美人(げっかびじん)」
2012(平成24)年   本画

星空の月火美人

濃紺の星空から地表へ向かって落ちるかのように咲く月下美人。たった一夜しか咲かぬこの花の命を愛おしく思ったといいます。
大気圏で燃え散る流星のような儚さも感じられ、タイトルをつける際あえて「月火美人」としたのは、炎のような花びらの形から着想を得たからかもしれません。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

21 「菊に綿花」
2008(平成20)年   本画

菊に綿花

当時勤めていた京都造形芸術大学(現 京都芸術大学)の校内で、学生と一緒に菊の写生をした時のこと。

「教室の横で菊を描いていたら綿がいっぱい飛んで来た。『ああ、いいなあ』と思って一緒にして描いた。この作品にもぼくの空想が入っている。ぼくの絵には想像や夢がいっぱい入っている。絵は心で描くもので楽しいものだ。今の若い人に判って欲しいと思う」 石本 正

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

23 「鶏頭」
2004(平成16)年   本画

鶏頭

ある時、鶏頭のスケッチをしていると、目の前に鳩が飛んできました。
そして「鳩はどんな風にこの鶏頭をみているのだろう」と考えた画家は、鳩の目線で見た鶏頭を想像して描きました。
背景にはネーデルランド(オランダ)など北ヨーロッパあたりの風景が描かれています。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

24 「鶏頭」
2004(平成16)年   本画

鶏頭

和歌山県の神倉神社で行われる火祭りをイメージしたこちらの作品。
男達がたいまつをかかえて一気に山をかけおりる姿を想像して、鶏頭のシルエットが作られました。背景には、京都の木津川や那智滝などの風景が重ねられています。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

25 「菊」
1990(平成2)年   素描

鶏頭

石本のデッサンには、対象を通して思い浮かんだ別のイメージをメモした言葉が残されていることがあります。
右下の「となかい」というメモは、リズムのある菊の葉が、一列に並んで走るトナカイの群れに見えたのだといいます。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

26 「石見菊」
2004(平成16)年   本画

石見菊

右のデッサンをもとに、北極の風景の中を走るトナカイのような花を描こうと思った石本。
ところが、描いているうちに北極の風景はふるさとの冬景色に変わってしまいました。
実際には「石見菊」という品種はありませんが、ふるさとへの思いが描かせてくれたためそう名付けられました。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

27 「薊」
2004(平成16)年   本画

薊

2002年、石本のことを慕い何度も美術館に通って模写をしていた同郷の人が、「先生に見てほしい」と薊を持ってきてくれました。背丈が1メートルを超える大きな薊に魅了され、その場で何枚もデッサンしました。
翌年の夏、花をくれた方が亡くなったことを聞いた画家。アトリエの薊を見ていると、その人が薊になり、風に乗って天に登っていこうとする姿が浮かびこの作品が生まれました。

薊菊

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

 

28 「昇華」
1994(平成6)年   本画

昇華

石本は各地の花火大会によく行っていました。本作は、打ち上げられて開いた花火と花を重ねて描いたものです。
画面の上の部分は、花火が真っ赤に空を染めている様子が描かれており、画面の下はドンドンドンドンと花火が上がる状態を表しています。

「花火には子どもっぽい感動がある。それがこういう絵になる」 石本 正

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

29 「鶏頭」
1996(平成8)年   素描

鶏頭

スケッチしている時に浮かんだ「花火」のイメージが、下の方にメモされています。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

30 「思いは遠く」
2006(平成18)年   本画

思いは遠く

【ここで問題!】

石本正は、ある野菜を見た時に
この黒い舞妓さんを思いつきました。
一体それは何の野菜でしょう?

【こたえ】 ナス

知人に貰った加茂茄子を見ていたら、ふと舞妓を描いてみたいと思ったといいます。だらりの帯の先には旧三隅町のマーク。「思いは遠く」というタイトルと相まって、望郷の気持ちも感じられます。
このように普通では想像もつかないような発想でも、石本の空想の中ではごく自然に生まれてきます。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

31 「沖縄冬瓜」
2009(平成21)年   本画

沖縄冬瓜

「ある人が沖縄冬瓜を持ってきてくれた。
冬瓜の中に天の川があるように見えた。
宇宙が見えた。
ぼくは、何気ないものでも美が見つかる。」                  石本 正

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

 

32 「糸菊」
1996(平成8)年   本画

糸菊

京都造形芸術大学(現 京都芸術大学)の研究室の前にあった糸菊の写生を思い出して描いたもの。
夜空に花火のように散ってゆく菊を表現しようと思ったので、写生とはだいぶ違う作品になったといいます。中央の十字状の花は、実際には見たことがない南十字星を空想して描かれました。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

 

33 「菊花女散策(未完)」
2015(平成27)年   本画

菊花女散策

菊の花を女性たちが散歩する姿に見立てて表現した作品。
花びらがまるで髪のように見え、それぞれに個性が感じられるようです。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

35 「流れよ我が涙」
2004(平成16)年   本画

流れよ我が涙

【音楽】

「好きな音楽を聴きながら、これまでに描いたデッサンを眺めていると、絵のアイデアが次々に湧いて来る」石本 正

イギリスの作曲家ジョン・ダウランドの『ラクリメ(流れよ我が涙)』というCDをある画家からもらった石本。前に描いたデッサン(右)を見ながら聴いているうちにイメージが湧いてきて、この作品が出来上がりました。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

36 「椿」
1996(平成8)年   本画

椿

【音楽】

パブロ・カザルス演奏のバッハの『無伴奏チェロ組曲』を聴きながら描いた作品。

「花は一応そのとおり描いているけれど、蕾は音符のつもり。花も蕾も動いて自然の音が鼓動するように調子をはっきりとさせ、リズミカルに描いた」 石本 正

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

38 「空蝉(うつせみ)」
1995(平成7)年   本画

空蝉

【文学】

「これはね、能面なんですわ。モデルが初めてやって来た時、なんとなく、その表情から平泉の中尊寺にある古い能面を思い出したんです。能面の顔立ちをした神秘的で美しく不思議な女性を表現したいと思いました。」 石本 正

素描に、さまざまな空想が加わって本画が生まれる石本。題名には『源氏物語』に登場する、たしなみ深く魅力的な女性 “空蝉” の名が付けられています。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

 

39 「牡丹」
1999(平成11)年   本画

牡丹

【文学】

あるとき石本は、牡丹のデッサンを見て、堀辰雄の『燃ゆる頬』の一節を思い出しました。

「私はふと足を止めた。そこの一隅にむらがりながら咲いている、私の名前を知らない真白な花から、花粉まみれになって、一匹の蜜蜂の飛び立つのを見つけたのだ。そこで、どの蜜蜂がその足にくっついている花粉の塊(かたま)りを、今度はどの花へ持っていくか、見ていてやろうと思ったのである。しかし、そいつはどの花にもなかなか止まりそうもなかった。そして恰(あたか)もそれらの花のどれを選んだらいいかと迷っているようにも見えた。(中略)その瞬間だった。私はそれらの見知らない花が一せいに、その蜜蜂を自分のところへ誘おうとして、なんだかめいめいの雌蕊(めしべ)を妙にくねらせるのを認めたような気がした。」

画家は、この一節に見られるように花に感情をもたせたような作品を描きたいと思ったといいます。イメージは膨らみ、赤い牡丹に、あたかも「生」をかけた戦いをする女の姿を重ね、この作品が完成しました。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

40 「ソナタは樹間より」
2011(平成23)年   本画

ソナタ

【音楽】

石本はいつもアトリエで大好きなクラシック音楽を聴きながら描いていました。この作品は、樹の間から風が吹いて音楽が流れそうな感じがしたので、こういうタイトルにしようと思ったといいます。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

41 「思いは遠く」
2008(平成20)年   本画

思いは遠く

2007年12月、画家の敬愛する弟が亡くなりました。石本はアトリエにこもり、バッハの『マタイ受難曲』を聴きながらこの絵を制作しました。ふるさとで過ごした遠い日々を思いながら描いたのかもしれません。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

43 「消えない薫」
2001(平成13)年   本画

消えない薫

【文様】

最初は、神話に出てくる自然界の精霊ニンフの姿を描いていたのが、次第に人魚の姿が重なり生まれた本作。
背景の絨毯には中国陶器の波文様を取り入れ、海藻のイメージで描かれました。
文様

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

44 「思い遥かに」
2005(平成17)年   本画

【文様】

物思いにふけり、遠くを見つめる女性。
絨毯(じゅうたん)の文様は法隆寺の「卍崩し(まんじくずし)」から来ています。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

45 「クラナッハの乙女」
2004(平成16)年   本画

クラナッハの乙女

石本は、ルネサンス期ドイツの画家・クラナッハの描く、細く官能的な女性像に強く憧れていました。そして「もしクラナッハが日本の女性を描いたらどうなるだろうか」と思い、彼になりきって制作したのがこの作品です。

完成後「これは自分の絵ではなくクラナッハの絵だ」と言って、作品の右下にクラナッハの「C」というサインを描きました。
この絵は人に見せるためではなく、これを元にして自分の作品を創るために描いたものだといいます。

クラナッハ

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

46 「哲学」
2011(平成23)年   本画

哲学

石本はルネサンス期フランドルの画家、ヒエロニムス・ボッシュに憧れていました。
晩年、近所を散歩している時に見た塀の苔から、ボッシュの描いた植物が思い浮かび、彼はそれを「ボッシュの苔」と呼んで自身の制作に取り入れました。
本作も地平線上にさり気なく描かれた金や黄緑の草の表現から、ボッシュを意識していたことがうかがえます。

ボッシュ

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

 

47 「蟠竜湖(ばんりゅうこ)の乙女」
2007(平成19)年   本画

蟠竜湖の乙女

ボッシュの作品「快楽の園」の一角に描かれた、愛し合う男女が踊る姿を思い出し、自分なりに表現したもの。
彼は男女を女性二人に替え、ふるさとの湖の中で踊る姿にしました。

快楽の園

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

48 「鶏頭」
2012(平成24)年   本画

鶏頭

2本の鶏頭は、ボッシュの《いかさま師(巾着切り)》に登場する赤い服の二人の男をイメージして表現されています。
石本は、ボッシュの描く細密な絵は、普通ならあまり目の届かない部分にも丁寧な描写があり、それがおもしろいと感じていました。

ボッシュ2

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

50 「香花」
2002(平成14)年   本画

香花

「インドのサリーにしても、朝鮮のチョゴリにしても、一枚の布裂をそのまま使うか、あるいはもっとも単純に裁断し、もっとも単純に縫い合わせたものだ。簡単でありながら、しかも美しい。この絵は、女性にサリーのような着物を着せたら美しいだろうと思って描いたものである」 石本 正

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

51 「フラミンゴ」
1967(昭和42)年   本画

フラミンゴ

1967年、第9回日本国際美術展に出品されたこちらの作品。石本は、当時の新聞で“戦後日本画の新しい旗手”として紹介されました。
「フラミンゴをリアル(写実的)に描いてもしようがないし、日本画の絵具を生かして日本画でないと味わえぬものを描きたかった」といいます。
金箔を全面に使った装飾的な作風から、展覧会の数か月前に見た中世の宗教画イコンや安土桃山時代の障壁画の影響がうかがえます。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

52 「二十一世紀 乳の願い」
2002(平成14)年   本画

二十一世紀乳の願い

『シルクロード展』で見た《伏羲女媧図(ふぎじょかず)》から着想を得た作品。
伏羲(ふぎ)と女媧(じょか)は、中国の古代神話に登場する天地創造の男女の神で、石本はふるさとの象徴・蟠竜湖にすむ空想上の人魚のイメージと融合させました。
上下に太陽と地球があり、また母性の象徴である胸元に手をあてる仕草から、地上の幸福を願う地母神(ちぼしん)的存在として描かれたことがうかがえます。

伏儀女媧

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

53 「カペストラーノの戦士伏儀女媧」
2003(平成15)年   本画

哲学

1964年以降、それまで憧れ続けた中世ヨーロッパ美術をめぐる旅に何度も出かけた石本。
本作もその旅の中で出会った美術作品からインスピレーションを得て制作されました。
ローマの東・キェティにある考古学博物館。本作は、そこにある《カペストラーノの戦士》と、古代中国の《伏儀女媧図》のイメージが合わさって生まれました。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

54 「コレーの女」
2002(平成14)年   本画

コレイの女

「ギリシアのアクロポリス美術館にパルテノン以前のコレー(少女)像がある。やってきたモデルをみているうち、彼女の雰囲気がコレーに似ていたので描き、『コレーの女』という題をつけた」石本正

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

55 「佳人」
1993(平成5)年   本画

佳人

「モデルが、ふと片目を腕の間から覗かせた。その瞬間、ぼくは東大寺の法華堂(三月堂)の弁財天立像を連想した。出来た作品をみると、裸婦を描いているのだが、顔も手も体も仏のようである」 石本 正

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

56 「錦繍(きんしゅう)」
1996(平成8)年   本画

錦繍

「ある時、数枚のデッサンを見ていると、モデルがギリシャ彫刻のように見えた。そこで、日本の着物をギリシャ彫刻のドレープ風にしたら面白いのではないかと思い、描き始めた。着物の色は肌の美しさを表現するために敢えて赤にした。
顔は、モデルそのままではなく、映画『天井桟敷の人々』(1945年)で見世物小屋の女ガランスを演じた女優アルレッティを思い浮かべて描いた」 石本 正

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

57 「春雪」
1969(昭和44)年   本画

春雪

イタリア・シエナにあるシモーネ・マルティーニのフレスコ画《ギドリッチョ将軍騎馬像》。ヨーロッパ美術をめぐる旅の中で石本が出会ったその作品は、白っぽい大地と華麗な戦陣衣装をつけた騎馬の将軍を群青の空がすっぽりと包んでいました。
画家はその白と群青の対比の美しさを、日本画で表現してみたいと考えました。
そして雪山をモチーフにした作品の中で、そのイメージを重ねて描きました。
▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

58 「流動」
1993(平成5)年   本画

流動

フランスのル・ピュイは、「黒い聖母」信仰の中心地でした。人々は、幸福を求めて黒い聖母へ篤い信仰を捧げました。「黒い聖母」の多くは、12世紀のロマネスク時代に作られました。本作は、このような「黒い聖母」を意識して描かれた作品です。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

59 「半臥(はんが)夫妻像の陶棺(とうかん)」
1990(平成2)年   素描

半臥夫妻像の陶棺

ヨーロッパの旅で訪れたローマのヴィラジュリア国立博物館。
ここで彼が夢中になったのは、紀元前520年頃に制作された《半臥夫妻像の陶棺》です。
石本は、愛情に満ち溢れた表情の豊かさや、制作された土地や時代の影響によらない特別な美しさに魅かれ、そのイメージはその後の制作にも生かされました。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

 

60 「浄心」
1991(平成3)年   本画

浄心

「デッサンをしていた時、モデルの女性をみているうちに、ローマのヴィッラ・ジュリア美術館にあるエトルスク時代の「半臥夫妻像の陶棺」をデッサンした時のことが思いだされてきた。このモデルは手足の長い美しい人だった、その美しい手足がエトルスクの棺のイメージと重なった」 石本 正
 
裸婦

▲ページトップ(作品番号一覧)へ
 

 

62 「竜涎の香(りゅうぜんのかおり)」
2006(平成18)年   本画

竜涎の香

ヨーロッパ各地の教会のタンパン(扉口上部の浮彫)に彫刻されたキリスト像に魅せられた石本。デッサンの段階からそのイメージをモデルに重ねて何点も本画制作を行いました。
またこの絵について「色々想像しながらヌードを描くのは楽しい。とてもいい香りがする光景を思いながら描いた」と語り、タイトルも香りにちなんだものになっています。

※竜涎香(りゅうぜんこう)…麝香(じゃこう)に似た風雅な香りのする香料の一種。

▲ページトップ(作品番号一覧)へ