石本 正の作品

「牡丹」
1999(平成11)年
いくつかのボタンのデッサンを見ていると、悲しみと美しさは同一の言葉ではないかという思いがわき、それをテーマにして女を花に代えて絵を創ろうと思ったという。堀辰雄の『燃ゆる頬』の一節に次のような文章がある。
 
「私はふと足を止めた。そこの一隅にむらがりながら咲いている、私の名前を知らない真白な花から、花粉まみれになって、一匹の蜜蜂の飛び立つのを見つけたのだ。そこで、どの蜜蜂がその足にくっついている花粉の塊りを、今度はどの花へ持っていくか、見ていてやろうと思ったのである。しかし、そいつはどの花にもなかなか止まりそうもなかった。そして恰もそれらの花のどれを選んだらいいかと迷っているようにも見えた。(中略)その瞬間だった。私はそれらの見知らない花が一せいに、その蜜蜂を自分のところへ誘おうとして、なんだかめいめいの雌蕊を妙にくねらせるのを認めたような気がした。」
 
画家は、この一節に見られるように花に感情をもたせたような作品を描きたいと思った。イメージは膨らんでいき、赤い牡丹に、あたかも「生」をかけた戦いをする女の姿を重ね、この作品が完成した。