石本 正の作品

「寂光」
1994(平成6)年
ある時画家は、教鞭をとる京都造形芸術大学の学生と一緒にこの菊を写生した。この菊は出来そこないの小さな花であったが、画家にはすばらしく美しく、大きく見えた。
そして、ウンベルト・エーコ(1932-2016)原作の映画『薔薇の名前』に出てくる重苦しい雲の空や陰鬱な僧院を想いながら、2日で10枚のスケッチを描き上げた。
それをもとにして生まれたこの作品は、同時に平家物語のイメージも重ねられている。上部の赤い菊の花は滅びゆく平家の若宮の武者を、蕾の点々は雑兵を思い浮かべながら描かれている。「平家琵琶に謡われる耳無芳一の話に出てくる寂光からとって題名を付けた」と画家は語る。
こうして東西の物語のイメージが空想の中で混ざり合い、生命の儚さと消え去る間際の一瞬の輝きを表現した花の名作が生まれた。