美術館概要
石正美術館は、日本画家・石本正(浜田市三隅町出身)からの作品寄贈を受けて、画家の作品を収蔵・展示する施設として2001年4月7日に開館しました。
「イタリアを旅したとき、ふと立ち寄った教会」をイメージした美術館の中庭にはしだれ桜が揺れ、四季を通じて多くの野鳥が訪れます。
石本正記念展示室(旧本館展示室)では、当館が収蔵する膨大な数の石本作品を、年4回の展示替えで紹介。いつでも石本正の画業の全容をご覧いただけます。
また、2010年4月にオープンした企画展示室(旧新館展示室)では、石本が「心ある本物の作品」と高く評価する現代日本画家約30名の作品を収蔵・展示する一方、石本正の創作の原点でもある素描展や、石本ゆかりの作家や石見の作家の作品展を開催します。
【収蔵作品数】 約14,000点(2019年3月現在)(所蔵・寄託含む)
【収蔵作家】 石本 正/池庄司淳/池田 季実/池田知嘉子/石原正人/伊藤はるみ/岩本和夫/上野富二郎/内海福溥/岡崎國夫/岡崎忠雄/奥村美佳/落合浩子/梶岡百江/加藤美代三/加納豊廣/川端健生/岸本 礎/岸本裕子/金 未来/小嶋悠司/近藤弘明/坂内 圭/多留裕二/寺戸恒晴/豊福知徳/中原麻貴/中村文子/西野陽一/西久松綾/西久松吉雄/野崎一良/八田 哲/藤本直司/船越 修/牧野良美/松倉茂比古/三上 誠/山田 伸/吉川 弘/吉村和起/渡辺武蔵/ほか(五十音順)
2015年に95歳で石本が逝去してからは、画家が愛し描いた花々を植栽した「華晴苑(かせいえん)」「やすらぎの庭」が開館15周年を記念して2016年に造られました。特に「華晴苑」では、彼が実際に描いた無二荘牡丹園(京都府京田辺市)の牡丹が移植され、4月半ばの見頃には来館者の目を楽しませています。
また、2017年4月には喫茶室を改装して、京都・等持院にあるアトリエを模した「石本正のアトリエ」が完成。実際に使用していた家具や画材、書籍等をご遺族より寄贈いただき、絵に向かう画家の姿を想像していただけるよう可能な限り再現しました。美術関連図書の閲覧ができる休憩スペースを併設し、石本愛聴のクラシック音楽が流れる部屋で、画家と共にゆったりとしたひとときを過ごすような、特別な時間をお楽しみいただけます。
2021年4月には開館20周年を迎え、それを記念して中庭の植栽を中世ロマネスク風にリニューアルしました。
設立の経緯
平成9(1997)年、当地出身の日本画家・石本正はふるさとへの作品の寄贈を申し出ました。これを受けた三隅町(現在の浜田市三隅町)は、総工費6億8500万円をかけて、「流行にとらわれない、こじんまりとした美しい建物。山々に取り囲まれた自然を活かし、日本の古い寺院建築、ヨーロッパの中世教会などを活かした親しみのある美術館であって欲しい」という氏の強い思いを具体化した美術館を建設しました。
設計は、平城宮朱雀門や薬師寺伽藍復原などをした京都大学名誉教授金多潔氏。
鉄筋平屋一部二階建て。延べ床面積は1424平方メートル。展示室は351平方メートル。収蔵庫も膨大な作品に対応するべく展示室と同じ面積を確保した。
- 平成8年
- 石本正、ふるさとへの作品の寄贈を考える
- 平成9年 6月
- 石本正、三隅町への作品の寄贈を申し出る
- 平成9年12月
- 三隅町議会で絵画の寄贈と美術館建設の意向を表明
- 平成10年4月
- 三隅町役場内に美術館建設基本構想検討委員会発足
- 平成10年9月
- 検討委員会が美術館の建設適地・施設概要・管理運営体制について提言
- 平成11年3月
- 建物工事着手
- 平成12年2月
- 美術館名称が「三隅町立石正美術館」に決定する
- 平成12年3月
- 建物工事完成
- 平成12年3月
- 石正美術館の運営母体となる財団法人三隅町教育文化振興財団が発足
- 平成12年5月
- 周辺施設工事着手(10月工事完成)
- 平成12年11月
- 竣工式。
三隅フェスティバルにおいてプレオープン。3Mコンサート開催。
館名とロゴマーク
石正美術館の『石』は石見(いわみ/島根県西部・石見地方)から、『正』は石本正の名前から来ています。
当初は「石本正美術館」という案も出ましたが、石本は「絵描きには名前なんて要らない。本当に大切なのは、絶えず感動する気持ちを持ち続けて描くこと」と、自身が有名になることを求めませんでした。
そこで、ふるさと石見と自分の名前一文字を合わせた「石正美術館」が誕生しました。
美術館名の文字は、生前石本と親交があり、石本芸術を高く評価した美術評論家・故 河北倫明氏の原稿に書かれていたペン書き文字がベースになっています。
またロゴマークは、石本がデザインしたものがもとになっており『手の平と波。3枚の月桂樹の葉で三隅をイメージ』しています。